THE WAY of Life in Australia🇦🇺 (JP) 仕事・家事・子育て・MBA“四足のわらじ”で世界を飛び続ける挑戦|オーストラリアで働く女性のリアル
- WCF TEAM

- 3月6日
- 読了時間: 11分
WOMENCANFLY.COの連載企画「THE WAY」では、毎月海外で暮らす素敵な女性を紹介しています。
今回ご紹介するのは、ANA(All Nippon Airways/全日本空輸)シドニー支店の支店長として活躍されている松崎真紀(まつざきまき)さんです。
入社から36年、男女雇用機会均等法が施行されたばかりの時代にキャリアをスタートし、結婚・出産・子育て、大学院への挑戦、そして海外赴任と、数々のライフイベントを経ながらも、自分らしく“今”を切り拓いてきました。現在はシドニーを拠点に、営業、人材育成、オペレーション、など幅広い業務を統括する立場で、日豪をつなぐ架け橋になっています。
「ロールモデルがいないなら、自分がなればいい」
そう語る真紀さんの言葉には、長年の経験と覚悟がにじんでいます。
本記事では、真紀さんが歩んできたキャリアの転機や、日本とオーストラリアでの働き方の違い、そして仕事・学び・家事・子育てを同時に進めた“四足のわらじ生活”のリアルに迫ります。
海外で働きたい方、キャリアの幅を広げたい方、そして新しい環境に一歩踏み出したい方にとって、ヒントと勇気をもらえるインタビューです。

運命を変えた幼少期の異文化体験
真紀さんの人生を語る上で欠かせない原点——それは中学1年生のときに経験した、香港での2年半の暮らしです。お父様の海外赴任に伴い、家族で香港へ渡った真紀さんは、当時まだ英語が話せない状態ながらも、自らの意思で日本人学校ではなく、イギリス系の現地校への進学を選びました。
「自分で行ってみたいと思ったんです。ただ、“I have a pen”しか言えないレベルの英語力でしたが(笑)、とにかく飛び込んでみようと思って。」
日常会話すらままならない状態からのスタートでしたが、必死に勉強し、徐々に英語を身につけていったと言います。異文化の中で、言葉の壁にぶつかりながらも生活を築いていく経験は、幼い頃の真紀さんにとって大きな財産となりました。
「振り返ると、あの2年半が人生を変えるほど中身の濃い時間だったと思います。あの時、環境に飛び込んでよかった、と心から思います。」
言葉の通じない土地で自ら選んだ挑戦をやり遂げたことで、「一歩踏み出す勇気」が身につき、 後に語ることになる海外赴任や大学院挑戦など、人生のさまざまな転機においても、この原体験が支えとなっていたのかもしれません。
“誰かが用意した道”ではなく、“自分で選んだ環境”で努力し、学び、成長していく姿勢。それはこの香港での体験から、すでに始まっていたのです。

女性総合職ゼロ時代の入社、そして母になってもあきらめなかった昇進
真紀さんがANAに入社したのは、男女雇用機会均等法が施行されて間もない1980年代後半。とはいえ、当時の企業文化にはまだ根強く「女性=一般職、男性=総合職」という前提が残っており、女性総合職は同期80人中、わずか4名。真紀さん自身は、総合職ではなく一般職として入社することになりました。
「将来は総合職に転換する」と決めて入社。希望とは異なるスタートだったものの、上司もその想いを理解しており、後に制度として「総合職転換試験」が設けられ、30歳のときに念願の転換を果たしました。
そこから真紀さんのキャリアは加速……するかと思いきや、同時期に訪れたのは人生の大きな転機でした。33歳で第一子を出産。育児休業を経て復職し、当時は時短勤務といった制度がなかったので、フルタイムで勤務。その後41歳で第二子を出産。育児休業を経て時短勤務で復職し、努力を続けるも、昇進の壁は思いのほか厚く立ちはだかりました。フルタイムと同じくらい頑張っているつもりでも、なかなか管理職試験を受ける土壌に立てませんでした。
悔しさと葛藤のなかで真紀さんが選んだのは、子どもがまだ保育園に通っている時期にフルタイム勤務へ戻ること。そこから1年かけて再評価を得て、ようやく管理職試験の受験資格を得ました。
「怖かったです、正直。子供のいる女性が管理職になる例は少なかったし、“自分には無理なんじゃないか”って。でも、50歳になったとき、“このままでは終われない”って思ったんです。」
その一歩が、人生を大きく動かしました。試験合格と同時に課長に昇進。2年後にはグループ会社の部長へ。さらには海外赴任も叶えてしまいました。「気がつけば、バタバタバタっと人生が動いた」と語ります。
「“ロールモデルがいないなら、自分がなればいい”──誰もいない道だからこそ、自分がその一人目になろうと思ったんです。」

コロナ禍で経営危機、大学院でMBA取得へ:四足のわらじ生活の挑戦
2020年、新型コロナウイルスが猛威を振るい、航空・旅行業界を直撃する中、真紀さんはANAのグループ会社に出向していました。そこは旅行代理店向けの予約システムを提供する企業。
予約数がゼロに近づくということは、すなわち収入がゼロになるということ。営業トップとして現場を率いる立場でありながら、何も手立てがない――その無力感と向き合う日々が続きました。
「収入をつくる立場のはずなのに、できることが何もない。悔しくて、情けなかったです。」
そんな葛藤の中で真紀さんが決断したのは、“経営を学ぶ”という新たな挑戦でした。
2020年、日本の名古屋商科大学ビジネススクール(東京校)でMBAの取得をスタートします。
週末は土曜の朝から夕方まで授業、平日は仕事と課題に追われ、家では母として家事と育児を担う毎日。「仕事・学び・家事・子育て」という“四足のわらじ”生活が始まりました。
「平日はひたすら課題とレポート。週末は9時~17時の対面の授業へ。。コロナ禍だからこそ在宅勤務で通勤時間が削れた。だから、逆に学ぶチャンスをもらえたと思っています」
その後、シドニー赴任が決まり、通学はさらに困難に。けれど真紀さんは定期的に“弾丸帰国”を繰り返しながら学びを続けます。金曜の夜便でシドニーから羽田へ飛び、翌朝到着するとすぐに東京校、または新幹線で名古屋校へ。土日の授業を受け、日曜日の夜に羽田から再びシドニーへ。そんな事を何度か繰り返し、2024年3月、ついに卒業を果たしました。
「諦めなかった理由?意地でしょうか。頑張った時間を無駄にしたくなかった。自らの意思で始めたものなので、やり遂げたかった。」
自ら天井を突き破る決意を持って進んできた真紀さん。その背中は、きっと今、誰かの道しるべになっているはずです。“今できること”を模索し行動した真紀さんの姿勢は、役職や肩書き以上に、説得力のあるリーダーシップそのものです。
また、学んだ経営の視点や思考法は、のちのシドニー支店長としてのマネジメントにも大きく活かされることになりました。
やるか、やらないか。それを決めるのは“今の自分”。年齢や忙しさに縛られず、挑戦することの尊さを、改めて感じさせてくれるエピソードです。

人生で初めてのシドニー:子どもを連れて初の女性駐在へ
「ANAは“なでしこ銘柄”に選ばれるような企業なのに、子供を帯同した女性駐在員が一人もいないのは、やっぱりおかしい」 真紀さんがそう感じたのは、まだ子どもが小さかった頃。“子どもがいるから無理”ではなく、“子どもがいても行ける”という前例をつくりたい──その思いから、数年にわたり海外赴任を希望し続けてきたといいます。
そしてついに届いたのが、シドニー支店の支店長という内示。人生初の海外勤務、しかも子どもを連れてのチャレンジでした。
「赴任前は、正直とても不安でした。仕事も家庭も、全部うまく回せるのかって。でも来てみたら、“ああ、こういう生き方もあるんだ”って思えたんです」
実際に暮らしてみると、現地校へのスムーズな編入、穏やかで安全な街、そして何より周囲の人たちのあたたかいサポート。オーストラリアは、子育て世帯にとって驚くほど居心地のよい場所でした。
「もしかするとあのとき、会社は“ひとりの母としての私”にも目を向けてくれていたのかもしれません。そう思えるくらい、シドニーという場所は、子育てと仕事を両立する私にとって、温かく迎えてくれる街でした。」
赴任後は、営業、オペレーション、人材育成、企業・政府との連携まで、支店全体を統括。“小さな会社の社長”のような感覚で日々を回しています。
「できるかどうかじゃなくて、まずやってみることが大事。一歩踏み出せば、見えてくる景色って必ずあると思うんです」
真紀さんのキャリアは“誰かに憧れられる”ためのものではなく、一歩踏み出した“自分”への信頼から始まっていたのかもしれません。

「人として、どう向き合うか」:多文化チームの中で育むリーダーシップ
「リーダーだからこそ、現場に出て人と話したいんです。」
そう語る真紀さんの言葉には、肩書きや年次では語れない“人との向き合い方”への深い信念がにじんでいます。
現在のANAシドニー支店には、日本人スタッフに加え、オーストラリア人、そしてさまざまな文化背景を持つナショナルスタッフが働いています。年齢も国籍もキャリアも異なるメンバーと仕事を進める日々のなかで、真紀さんが一貫して大切にしてきたのは、「偏見を持たず、一人の“人”を見ること」。
「性別とか国籍とか、そこに意味を持たせなくていいんです。Aさん、Bさん、それぞれ一人の“人”として向き合うだけ。」
固定観念や文化的な前提にとらわれず、その人の目線や言葉に丁寧に耳を傾ける姿勢。それはシドニー支店長として多文化チームを率いるうえで、何より強いリーダーシップとなっています。
また、日豪での働き方の違いも真紀さんの考え方に大きな影響を与えました。日本では“女性管理職は珍しい”という扱われ方をされることが多くありましたが、オーストラリアではそれがごく自然なことで、国際会議の場では女性の参加者が半数を超えることも珍しくありません。
「女性だから目立つ、というのは日本にいた時の方が強かったかもしれません。シドニーでは、むしろ“女性だからこそ”声をかけてもらえる場面もあります。」
国が変われば、見られ方も扱われ方も変わる。それを前向きに受け止めながら、真紀さんは“女性だから”ではなく“自分だから”築けるリーダー像をつくり続けています。
母として、マネージャーとして、そして一人の働く女性として立場が増えるほど大切にしてきたのは、いつも「人として、どう向き合うか」というシンプルな原点。
多様な価値観が行き交う環境で、相手を“人として尊重する”というリーダーシップは、きっと読者の皆さんのこれからのキャリアにも大きなヒントになるはずです。

「知られていないからこそ、届けたい」:現地マーケティングと採用のリアル
シドニーでは、「ANAってどこの国の航空会社?」と聞かれることが珍しくありません。
日本では誰もが知る航空会社でも、海外に出れば“ゼロから知ってもらう”ところから始まります。この認知のギャップこそが、真紀さんが担う国際営業・マーケティングの大切な役割です。路線ネットワーク、国内線無料などの付加価値、安全運航を支える品質。
さらに、“ANAはどんな思いでサービスをつくっているのか”という背景まで丁寧に言葉にしていくことが、海外市場では欠かせません。
「ピカチュウジェットを見せると、すごく喜んでくれるんですよ(笑)」
文化が変われば響くポイントも違う。その違いを受け止め、伝え方を工夫していく姿勢は、長年現場で培ってきた真紀さんの強みです。その“人を見る力”は採用でも同じです。
「素直さ、リスペクトの姿勢、相手の話をちゃんと聞ける力。面接では、スキルや経歴よりも、人間性をみています。」
完璧な英語力や華やかな経歴より大切なのは、異なる価値観に向き合い、学びながら前に進める姿勢が、多文化のチームで働くうえで欠かせない要素だといいます。応募者一人ひとりの言葉や態度の端々から、その人の本質を見極めようと全力で向き合っています。
「完璧じゃなくていい。大事なのは“人としてどう向き合えるか”。そして、知らない世界を知ろうとする素直さ。そこからすべてが開けていくと思います。」

小さな一歩に見える選択も、国境を越え、役割を越え、気づけば大きな広がりを生むことがある。歩いた道がいつか100万歩分の景色を連れてくる。真紀さんが日々積み重ねているその姿勢こそ、国や文化を越えて働くすべての人にとってのヒントになるはずです。
真紀さんの、更なるチャレンジもますます楽しみです。
Women can fly(ウーマンキャンフライ)は今後も常に前向きな姿勢で新たな挑戦に立ち向かう真紀さんを応援しています!
Thank you for reading this, and we are always here for you!
Women can fly.
Much love, xxx
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