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帰国編「THE WAY − South Korea ✖️ Japan」(JP)

更新日:2022年7月25日


海外での経験を生かし、日本帰国後もさらにパワーアップして輝く女性を紹介する「THE WAY 帰国者編」。


今回ご紹介するのは、韓国留学をきっかけに大きなキャリアチェンジを果たした、日本語教師の山本亜依さんです。韓国旅行中にハングルに興味をもち、本格的に韓国語を学ぶために韓国留学へ。現地の語学学校で「日本語教師」という仕事を知り、学ぶ方から教える方へと転身しました。


今回は、日本語教師という仕事の魅力や、亜依さんが実現した日本語教師キャリアアップの軌跡についてご紹介します。





海外で出合った、日本語教師という仕事


初めて韓国へ旅行して以来、すっかり韓国が大好きになった亜依さん。何度も旅行するうちに、独学で韓国語を学び始めました。最初は楽しくて始めた韓国語ですが、次第に趣味の範疇を超えるように。なんと、半年間休職して韓国留学まで成し遂げたのです。


留学の目的は韓国語を学ぶことでしたが、亜依さんは次第に「語学の先生」に興味をもちます。


「流暢でなくても、語学学校の先生とならなぜか会話が成り立つのが不思議でした。語学の先生って、おもしろいなと思ったんです」


調べてみると、日本語教師という仕事があり、なるためにはいくつかのルートがあることがわかりました。そのひとつが、420時間の日本語教師養成講座を修了することです。


亜依さんは留学から帰国後、早速養成講座を受講します。なかには短期集中で受講する人もいますが、亜依さんはフルタイムの仕事があったので、仕事が終わり次第学校へ走り、夜間や週末をつかって学びました。



韓国で焼肉の写真
通うたび好きになる韓国!


ネパールで日本語教師への転身を決意!


日本語教師になるための講座が修了しようとしていた頃、亜依さんに転機が訪れます。友人から、ネパールで1ヶ月にわたり日本語を教えるボランティアに誘われたのです。


「実は、当時は日本語教師に転職しようと決めていたわけではなく、資格が取れたら良いな程度に考えていました」


しかし、ボランティアを通してその考えが覆ります。


ネパールでは、主に子どもたちに日本語を教える現地の大人向けのクラスを担当しました。現地には日本語教師がいないため、ボランティアが帰国した後も子どもたちが日本語を学ぶための先生の育成が目的です。生徒たちは皆真剣で教え甲斐があり、教えるのが楽しかったといいます。


「授業の準備に試行錯誤はしましたが、全くそれが苦じゃなかったんですよね。ネパールで教えるなかで、日本語教師としてやっていけそうだという手応えを感じました」


亜依さんはネパールから帰国すると、日本語学校への転職活動を開始。その後、韓国で日本語教師としてのキャリアをスタートさせました。



ネパールの日本語学校の写真
一生懸命学んでくれた、ネパールの生徒たちと。


日本語教師として海外転職。韓国で試行錯誤した2年間


韓国の文化やファッション、食事が好きで、いつかもう一度韓国に住みたいと思っていた亜依さんは、日本語教師の資格を取得したことで、韓国で働く機会を掴みます。しかし、最初からうまくいったわけではありません。


「日本で受講した日本語教師の養成講座は、日本国内で教えることを想定したカリキュラムになっています。そのため、韓国では教えるスタイルや目的が違うので通用しないことも多く、最初の頃は大変でした」


亜依さんが韓国で働いた学校は、先生ひとりひとりの裁量が大きく、個人事業主のようなシステムです。生徒が先生を選ぶことができ、人気がないクラスは開校することさえできないのだそう。亜依さんはオリジナルの教材を作成し、わかりやすい授業になるよう工夫しました。


「授業中は、わかりやすい説明だけでなく、テーマ設定にも配慮が必要です。生徒の年齢層は10代から80代までと幅広く、特に歴史においてはセンシティブな内容を含む場合もあるので、歴史や文化のバックグラウンドを理解することを心がけていました」


常に人気の高いクラスを運営していた亜依さん。生徒ひとりひとりに目を配り、互いの文化に理解を示してきたからこそ、韓国で過ごした2年間でコミュニケーション能力が高くなったのだそう。


亜依さんはこれまで、いろんな生徒を迎え入れては送り出してきました。なかには、全くの初心者から日本語をマスターし、日本の大手企業に就職した生徒も。亜依さんにとって、こうして日本語が上達する生徒の姿をみることが、仕事のやりがいを感じる瞬間です。



日本語学校のクラスの写真
クラスの雰囲気はとってもアットホーム♩


ゼロからリスタートした、日本でのキャリア


韓国から帰国後、亜依さんは日本での転職活動を始めます。しかし、想定外なことに、韓国で教えた2年間の経験はキャリアにカウントされませんでした。日本と韓国それぞれの学校で教える内容が全く異なるためです。


「日本の学校は、学習のゴールが資格取得である場合が多く、私が働いていた韓国の学校は会話に重きが置かれていたので、韓国で培ったスキルや経験は役に立たないと判断されたのかもしれません」


そこで亜依さんは、関西にある大手日本語学校と小人数制のアットホーム日本語学校をかけもちで働くことに。キャリアがないと見なされるなら、必要なキャリアを築けば良いという発想で、キャリアプランニングしたのです。


「結果的に大手から個人経営、日本、韓国といろんな学校で働く経験ができました。そのうえで思うのは、語学は素直な人が伸びるということ。分からないところを『分からない』と言える素直さや、アドバイスを受け入れる素直さが大切だと感じました」


亜依さんは、韓国から帰国後も、機会を見つけては韓国を訪れています。行くたびに、かつて日本語を教えていた生徒たちが集まってくれるのだとか。


「反日という印象があるかもしれませんが、個人の付き合いでは、一度気に入ったらとことん慕ってくれます。韓国の人は、人情に厚いんです」



韓国の生徒たちの写真
韓国へ行くと、生徒たちが集まってくれます!


日本語教師のキャリアアップに必要な「+α 」


亜依さんいわく、日本語教師は女性にとって働きやすい仕事なのだそう。スキルがあれば場所を問わず働くことができるうえに、単価が高く、空いている時間をつかって1コマから働けるので、育児との両立もしやすいからです。


一方、キャリアアップとなると、出世コースが用意されているわけではなく、単なるスキルアップでは限界があるといいます。そのため、日本語教師としてのキャリアアップには、+αのスキルや知識を身につけて仕事を拡げていくことが必要です。


亜依さんは、2つの日本語学校で働いた後、韓国人が多く所属するエンジニアの派遣会社に転職しました。もともと韓国で大人向けのクラスを担当していたこともあり、対大人の仕事を探していたのだそう。そんな時、社内で外国人の日本語教育を実施している企業を発見。仕事の範囲を拡げるべく、日本語学校でない就職先を選択しました。


「単に日本語を教えるだけでは物足りなくて、エンジニアの派遣会社に就職しました。日本ではキャリアにカウントされなかった韓国での経験が、結局はここで活きています。無駄なことはないんだと思いました」


亜依さんは、エンジニアに教えてもらいながらITの知識を勉強し、社内に掛け合ってビザの手続き業務も行うことに。こうして仕事を自ら取りにいき、少しずつ仕事の領域を拡げています。今では採用やビジネスマナーの講師も担当するまでになり、日本語教育の責任者や主任を任されるに至りました。



ネパールでの写真
日本語教師になろうと決めたネパールで


「韓国が好き」という思いからスタートし、日本語教師としてのキャリアを歩み始めた亜依さん。たしかにきっかけは趣味でしたが、そこから仕事に繋げ、しっかりとキャリアアップを図ってきました。


「韓国で出会った生徒の本気度が今でも忘れられません。あの時、私も一生懸命でそれが楽しかったんです」


働きながら一生懸命に日本語を学ぶ韓国の生徒たちや、決して環境が整えっているとは言えないなかで日本語を学ぶネパールの人たちの姿が、こうして今も亜依さんを励ましています。







Thank you for reading this, and We are always here for you !




Women can fly.




Much love, xxx


Team WCF




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